林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』



東急不動産だまし売り裁判は希望の象徴


林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』は消費者運動にとって希望の象徴です。最初の言葉を目にしただけで、言いようもない戦慄が身体を駆け抜けました。『東急不動産だまし売り裁判』の内容が真実であることを一瞬たりとも疑いませんでした。
『東急不動産だまし売り裁判』はリアリティーのある書籍です。文字の下に実際の裁判風景が映し出されるようでした。真実には力があります。林田力氏は消費者の権利を信奉し、悪徳不動産業者は金を信じています。革新的な林田力氏と不動産業界の陋習に縛られている悪徳不動産業者。両者の違いは歴然としています。消費者が勝利した東急不動産だまし売り裁判を共有できる私達は大きな幸運に恵まれています。
2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故はマンションを購入するリスクを顕在化させました。『東急不動産だまし売り裁判』には、それ以前から存在するマンション購入リスクが書かれています。ここには東急不動産の分譲マンション購入希望者の心の安らぎが脅かされる内容が記載されています。至る所に腐敗を嗅ぎとることができます。
『東急不動産だまし売り裁判』を読めば、どのような悪魔を相手に林田力氏が懸命かつ立派に闘っていたかが分かります。東急リバブルと東急不動産の所業は、言いようもなく残虐でした。その恐怖は地獄の凍りついた最下辺の最も忌まわしい極悪なものさえしのぎます。冷気が体に入り込み、体の力が抜けていきます。東急リバブルと東急不動産に抑え難い嫌悪を感じます。
林田力氏は消耗しながらも屈服することを潔しとせず、果てしない粘着質の悪夢の流れを押し切って進む泳者のようです。この世のものとは思えぬほどの凄まじい憎しみをみなぎらせた眼で睨む悪徳不動産営業が目に浮かびます。悪意と背徳と冷酷さが顔にみなぎっています。悪徳不動産営業の憎悪は魔女の大釜の中身のように煮えたぎっています。
悪徳不動産営業も人生の始まりは小さくて愛らしい赤ん坊でした。しかし、今や悪徳不動産営業は鎌首をもたげている死を招く蛇のようなものです。身がすくむような目には見えない邪悪の冷たくて湿っぽい暗い影が取り除くこともできないままに悪徳不動産業者に垂れ込めているようでした。和らげないようもないような狂気と悪意が存在します。
林田力氏の主張に根拠があることは明白です。東急リバブルや東急不動産は目先の利益や利害を優先し、個人や家族、地域コミュニティーの利益に配慮することが不十分です。悪徳不動産業者は自身の失態に過ぎないことを人の失態のようにして非難する事実歪曲と責任転嫁の悪知恵には長けていました。
東急不動産を提訴した林田力氏の選択は消費者として正当です。人の心は計り知れません。泣き寝入りすることで平静を得ようとしても、ほんの一瞬で失ったものが蘇ります。生傷に触れられたような胸のうずきを覚えることになります。林田力氏は気力と活力と強い意志の持ち主です。自分が何のために何をしようとしているか十分すぎるほど分かっています。
社会は一つの生き物のようなものです。その健康を維持することは市民に課せられた責務です。その健康が東急リバブル東急不動産によって脅かされていました。消費者に対する憤怒と悪意が顕わな悪魔の顔をしています。時間の経過によって圧迫感は増大します。
消費者を欺き、不都合な事実を隠して問題マンションをだまし売りする東急リバブル・東急不動産は不動産市場に巣食うガンです。ガンには様々な治療法があります。不必要な外科手術や抗ガン剤が行われていることも承知していますが、東急というガンから患者を救う唯一の方法は患部を切除することです。悪徳不動産業者が邪悪の種を育む土壌は無関心と無気力です。

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